いのりのもり祈りの杜仮称

祝詞・岡吉胤編『祝詞全書』(1897年)の歴史的文例

宮門祭みかどのまつり

原本31コマ左頁「是乃御門爾」から32コマ右頁冒頭「所聞食左間刀白須」まで。神名は底本の「豊磐間神・櫛磐間神」を保持し、「戸」を書き足していません。「何某」などは原本にある差し替え箇所です。現代の寺社の公式本文・共通の作法を示すものではありません。

本文(ほんぶん)

是(この)御門(みかど)に称辞竟(たたへごとをへ)奉(まつ)る豊磐間神(とよいはまどのかみ)・櫛磐間神(くしいはまどのかみ)の御前(みまへ)を、慎(つつし)み敬(うやま)ひ、

礼代(ゐやしろ)の幣帛(みてぐら)を捧(ささ)げて、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)さく。

新玉(あらたま)の年(とし)の始(はじめ)の朝(あした)より年(とし)の終(をはり)の夕(ゆふべ)まで、是(この)御門(みかど)に湯津磐村(ゆついはむら)の如(ごと)く塞(いは)ひ坐(ま)して、

四方四角(よもよすみ)より疎(うと)び荒(あら)び来(く)る邪鬼醜物(まがものしこつもの)を掠(かす)め取(と)らせ給(たま)ひ、伺(うかが)ふ盗賊等(ぬすびとら)の自上往上(うへよりゆけばうへ)を守(まも)り、自下往下(したよりゆけばした)を護(まも)り、待防(まちふせ)ぎ祓却(はらひや)りて、

朝夕(あさゆふ)に此(この)大宮(おほみや)に参入罷出(まゐりいで)る人(ひと)も家(いへ)も身(み)も、禍事(まがこと)無(な)く、堅石(かきは)に常石(ときは)に守(まも)り恵(めぐ)み幸(さきは)へ給(たま)へと、乞祈(こひのみ)奉(まつ)らくを、聞(き)こし食(め)さむと白(まを)す。

保護期間満了の原本をもとに独自組版・訓読。原本画像・他者の現代語訳は転載しません。

出典・参考資料