お姿と、その背景
阿修羅
三面六臂・興福寺に伝わる阿修羅像
阿修羅は、仏とその教えを守る八部衆の一尊です。興福寺に伝わる三つの顔と六本の腕の像は、奈良時代の国宝です。

六本腕と四本腕の違い
阿修羅の姿は、造像の型によって腕の数や装いが異なります。興福寺の像は三面六臂(三つの顔・六本の腕)、正宝院が「阿修羅王」として紹介する図像は三面四臂(三つの顔・四本の腕)です。どちらも阿修羅を表す姿です。当サイトでは、この二つの型をそれぞれのページで紹介しています。
- このページの「阿修羅」
- 三つの顔・六本の腕。奈良・興福寺に伝わる像の型です。
- 既存の「阿修羅王」
- 三つの顔・四本の腕。正宝院の尊像資料に掲載されている型です。
阿修羅とは、どんな存在?
阿修羅はインドに由来する神で、仏教に取り入れられて仏とその教えを守る存在となりました。興福寺の像は、釈迦に付き従う八部衆の一尊です。八部衆には、人の姿に近いものだけでなく、鳥の顔や複数の腕を持つものもあり、それぞれの姿で仏を守る役割を表しています。
この説明の出典
東京国立博物館「国宝 阿修羅展」 ↗三つの顔と、六本の腕
三面六臂(さんめんろっぴ)とは、顔が三つ、腕が六本ある姿のことです。興福寺の像は、正面と左右に顔を持ち、前の二本の手を胸の前で合わせています。残る四本の腕は左右に広がり、細く伸びる腕と、すらりとした体つきが特徴です。
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興福寺「阿修羅像【八部衆】」 ↗東京国立博物館「国宝 阿修羅展」 ↗国土交通省・古都奈良の文化財多言語解説整備推進協議会「阿修羅像」 ↗少年のような表情と、布をまとう姿
阿修羅には、甲冑を着け、強い怒りを表す姿もあります。一方、興福寺の像は少年のように細身で、静かな表情を見せます。上半身には条帛(じょうはく)という帯状の布や装身具を、下半身には裳(も)などをまとい、鎧を着けた武人とは異なる姿に表されています。
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興福寺「阿修羅像【八部衆】」 ↗東京国立博物館「国宝 阿修羅展」 ↗国土交通省・古都奈良の文化財多言語解説整備推進協議会「阿修羅像」 ↗母への供養から生まれた仏像群
興福寺の阿修羅像は、もとは西金堂に安置されていました。西金堂は、光明皇后が母・橘三千代の一周忌の供養のために建立したお堂です。釈迦三尊や十大弟子、八部衆などの像が並び、阿修羅もその一体として釈迦の世界を構成していました。
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東京国立博物館「国宝 阿修羅展」 ↗天平六年に造られた、乾漆のお像
制作は奈良時代の天平六年(734年)。像高は153.4センチメートルです。脱活乾漆造(だっかつかんしつづくり)といい、麻布と漆を重ねて形を作り、内部を空洞にする技法で造られています。三つの顔の繊細な表情や細い腕を備えた像が、奈良時代から今日まで伝わっています。
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東京国立博物館「国宝 阿修羅展」 ↗国土交通省・古都奈良の文化財多言語解説整備推進協議会「阿修羅像」 ↗実際のお像に出会うには
興福寺の国宝館の案内をご覧ください。展示・拝観については寺院の最新の公式案内でご確認ください。このサイトは個人運営で、興福寺の公式・提携サイトではありません。
興福寺公式:国宝館の案内 ↗お姿の表現について
この絵は、興福寺の阿修羅像の三つの顔・六本の腕・胸前の合掌を取り入れた創作画です。光背・背景・色や衣の細部には創作を含みます。実像の写真・精密な復元図や、興福寺が提供・監修した図版ではありません。