いのりのもり祈りの杜仮称

天部・守護尊

摩利支天まりしてん

摩利支天のお姿を表したAIによる創作画
摩利支天には複数のお姿が伝わります。ここでは左手に天扇を持ち、右手を与願の形にする天女形を参考にしています。顔立ち・衣や扇の細部・配色・背景は創作で、実在する像の写真や複製ではありません。

摩利支天の名は、光や陽炎を意味するサンスクリット語に由来します。禅居庵は、捕らえたり傷つけたりできない陽炎の性質から、害を避ける護身の信仰が広がったと説明しています。

正宝院をはじめ、寺社・宗派が公表する資料に基づく紹介です。資料が伝える信仰・伝承の範囲でまとめており、すべての宗派・寺社に共通する説明や作法を示すものではありません。

陽炎に由来する、身を守る天

摩利支天の名は、光や陽炎を意味するサンスクリット語に由来します。禅居庵は、捕らえたり傷つけたりできない陽炎の性質から、害を避ける護身の信仰が広がったと説明しています。

出典:建仁寺塔頭 禅居庵

武将に信仰された守護尊

禅居庵は、楠木正成や前田利家が摩利支天の小像を兜に入れて出陣したと伝えます。戦乱の中で身を守る願いが寄せられた尊で、猪を伴う姿と、天女のような姿などがあります。

出典:建仁寺塔頭 禅居庵

海を渡る禅師を守ったという縁起

禅居庵の縁起は、清拙正澄禅師の前に猪に乗る摩利支天が現れ、日本への渡航を促し、守護を誓ったと語ります。禅師はその像を作って船に携え、波風の中でも祈り、無事に博多へ着いたと伝えられます。

出典:建仁寺塔頭 禅居庵

危難を避け、身を守ることへの願い

禅居庵は、陽炎がつかまえられず傷つけられないことを、摩利支天への信仰の背景として説明しています。武将たちにも、自分の身を危難から守りたいという願いから崇敬されました。害を避ける守護の信仰として受け継がれてきたことが、お参り先を知る手がかりになります。

出典:建仁寺塔頭 禅居庵

真言

真言(正宝院の表記)

おん まりしえい そわか。

飛不動尊 正宝院の該当ページに示される表記です。

出典:飛不動尊 正宝院

隠形呪(Wikipediaの表記)

オン アニチヤ マリシエイ ソワカ

Wikipedia「摩利支天」が、『印と真言の本』(学研、2004年、p.124)を典拠に示す表記です。宗派・伝承によって表記や用い方は異なり、唱えることや回数を指定するものではありません。

出典:Wikipedia

出典に示される表記です。宗派・伝承による違いを尊重し、唱えることや回数を指定しません。

ゆかりの、唱える言葉

御縁日

  • 亥の日

神仏の御縁日の一覧

出典・参考資料