いのりのもり祈りの杜仮称

祝詞・草鹿砥宣隆撰・賀茂経春閲『祭文例』(1869年)

障神祭(さへのかみのまつり)(1869年刊本(ねんかんぽん))

八衢比古神・八衢比売神・久那斗神に、道の分かれ目と村の境を守るよう願う詞です。「某村」は原本の村名欄として残しています。

大八衢(おほやちまた)に湯津磐村(ゆついはむら)の如(ごと)く塞坐(さやります)皇神等(すめがみたち)の大前(おほまへ)に、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)さく。

八衢比古神(やちまたひこのかみ)・八衢比売神(やちまたひめのかみ)・久那斗神(くなどのかみ)と御名(みな)は白(まを)して、称辞竟奉(たたへごとをへまつ)らくは、根国底国(ねのくにそこのくに)より麁(あら)び疎(うと)び来(こ)む物(もの)に、相率(あひまじこり)相口会(あひくちあへ)給(たまふ)事(こと)なくて、

下行者(したゆかば)下(した)を守(まも)り、上往者(うへゆかば)上(うへ)を守(まも)り、夜(よ)の守(もり)・日(ひ)の守(もり)に守(もり)給(たま)ひ幸(さきはへ)給(たま)へと、

礼代(ゐやじろ)の幣(みてぐら)を八取(やとり)の几(つくゑ)に置(おき)たらはして進(たてまつ)る宇豆(うづ)の幣(みてぐら)を、平(たひら)けく聞食(きこしめ)して、大八衢(おほやちまた)に湯津磐村(ゆついはむら)の如(ごと)く塞坐(さやりまして)、此(こ)の某村(それのむら)には諸(もろもろ)の病(やまひ)及(また)種々(くさぐさ)の枉事(まがこと)なく、神随(かむながら)守(もり)幸(さきはへ)給(たま)へと、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも称辞竟奉(たたへごとをへまつ)らくと白(まを)す。

1869年刊本:名古屋大学附属図書館・国文学研究資料館、PDM。古典の文字のみを独自に組版。

出典・参考資料