いのりのもり祈りの杜仮称

祝詞・岡吉胤編『祝詞全書』(1897年)の歴史的文例

金刀比羅大神祈邪気退散病気平愈祝詞ことひらのおほかみじゃきたいさんびょうきへいゆをいのるのりと

53コマ左頁から54コマ右頁冒頭。目次の「琴平大神祭」に当たる本文の実際の見出しを採用。「給」は「つかへ」の読みの箇所と「たまひ」の箇所を区別。「鵜自物」は原本の訓「うじもの」を保持。罪咎や禍神による病気という説明はこの歴史的祝詞の内容であり、現在の医学的な原因説明や、病む方への責めとして扱いません。「何某」などは原本にある差し替え箇所です。現代の寺社の公式本文・共通の作法を示すものではありません。

本文(ほんぶん)

讃岐国(さぬきのくに)琴平山(ことひらやま)に鎮坐(しづまりま)す金刀比羅大神(ことひらのおほかみ)と称奉(たたへまつ)る大物主大神(おほものぬしのおほかみ)、

相殿(あひどの)に坐(ま)す白峯大神(しらみねのおほかみ)、其(その)従(みとも)に給(つか)へる百千万(ももよろづ)の神霊(みたま)の御前(みまへ)をも慎(つつし)み敬(うやま)ひ、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)さく、

某郡某村(なにのこほりなにのむら)の何某(なにがし)は、預(あづか)りて大神(おほかみ)の御稜威(みいつ)を崇(あが)め敬(うやま)ひ、心直(こころなほ)く身正(みただ)しく家業(いへのわざ)を勤(つと)め結(いとな)み労(いそし)みて、

朝日異(あさけひけ)に病(やまひ)に憔(やつ)りて篤悩(あつなや)める事(こと)在(あ)るは、

不意(おもはず)過犯(あやまちおか)せる罪咎(つみとが)有(あ)りて、天然(おのづから)其(その)禍(まが)は、大神等(おほかみたち)の広(ひろ)き厚(あつ)き神慮(みこころ)に宥(ゆる)め給(たま)ひ許(ゆる)し給(たま)ひて、

速(すみやか)に病(やまひ)を令息(やめしめ)給(たま)ひ、又(また)禍津日(まがつひ)の禍神(まがかみ)有(あ)りて祟(たた)り荒(あら)ぶる事(こと)有(あ)らば、

大神等(おほかみたち)の大御威(おほみいつ)を以(もち)て、禍神(まがかみ)の物怪(もののけ)を千里(ちさと)の外(ほか)に遷退(うつししりぞけ)坐(ま)して、

何某(なにがし)が身心(みこころ)多親(おほちか)に煩悶苦(わづらひもだへくるし)む事(こと)無(な)く、美(うるは)しき元(もと)の姿(すがた)に返(かへ)して、

命真福(いのちまさき)く守(まも)り恵(めぐ)み幸(さきは)へ給(たま)はむ事(こと)の志(こころざし)を奠(おきたてまつ)る礼代(ゐやしろ)の幣帛(みてぐら)を、

安幣帛(やすみてぐら)の足幣帛(たるみてぐら)と聞食受(きこしめしうけ)給(たま)ひて、一速(ひとはや)き大御稜威(おほみいつ)を令蒙(かうむらしめ)給(たま)へと、鵜自物(うじもの)頸根(うなね)突抜(つきぬ)きて、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)す。

保護期間満了の原本をもとに独自組版・訓読。原本画像・他者の現代語訳は転載しません。

ゆかりの神仏

出典・参考資料