スッタニパータ「彼岸に至るものへの諸々の復唱の詩偈」
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日本語訳の本文
5.19. 彼岸に至るものへの諸々の復唱の詩偈
vns1137偈 1131かくのごとく、尊者ピンギヤは〔バーヴァリのもとに帰り、師に言った〕「〔わたしは〕『彼岸に至るもの』を復唱するでありましょう。〔世俗の〕垢を離れ、広き思慮ある方は、すなわち、〔自らが〕見たとおり、そのとおりに告げ知らせてくれました。無欲で、〔欲の〕林なく、龍たる方が、何を因として、虚偽を話すというのでしょう。(1)
vns1138偈 1132〔世俗の〕垢と〔無明の〕迷妄(痴)を捨棄した方の、〔我想の〕思量(慢)と〔虚栄の〕偽装(覆)を捨棄する方の、栄誉を伴った〔真実の〕言葉を、さあ、わたしは述べ伝えるでありましょう。(2)
vns1139偈 1133〔世の〕闇を除去する覚者にして一切に眼ある方は、世の終極に至り一切の〔迷いの〕生存を超克した方は、煩悩なく一切の苦を捨棄する方は、真理を呼び名とする方は、梵(婆羅門)よ、わたしによって近侍されたのです。(3)
vns1140偈 1134たとえば、鳥が、まばらな林を捨棄して、果多き森に住みつくように、このように、また、わたしは、見少なき者たちを捨棄して、白鳥のように、大海原に達し得たのです。(4)
vns1141偈 1135ゴータマの教えより以前に、『かくのごとく存していた』『かくのごとく成るであろう』〔と〕、過去において、それらの者たちが、わたしに説き明かしたのですが、その一切が、〔単なる〕伝え聞きであり、その一切が、〔誤った〕考え(邪説)を増大させるものです。(5)
vns1142偈 1136独り、〔世の〕闇を除去する方として、端坐する方として、彼はあります⸺光輝ある方であり、光の作り手たる方です。ゴータマは、広き智慧ある方です。ゴータマは、広き思慮ある方です。(6)
vns1143偈 1137その方は、わたしに、法(真理)を説示してくださったのです⸺現に見られ時を要さない〔即座の法〕を、渇愛の滅尽を、疾患なき〔境地〕を。その〔境地〕には、どこにも喩えが存在しないのです」〔と〕。(7)
vns1144偈 1138〔バーヴァリが言った〕「その方から、いったい、どうして、〔おまえが〕離れ住むというのだろう⸺ピンギヤよ、寸時でさえも、広き智慧あるゴータマから、広き思慮あるゴータマから。(8)
vns1145偈 1139その方は、おまえに、法(真理)を説示してくださったのだ⸺現に見られ時を要さない〔即座の法〕を、渇愛の滅尽を、疾患なき〔境地〕を。その〔境地〕には、どこにも喩えが存在しないのだ」〔と〕。(9)
vns1146偈 1140〔ピンギヤは言った〕「わたしは、その方から、離れ住むことはありません⸺婆羅門よ、寸時でさえも、広き智慧あるゴータマから、広き思慮あるゴータマから。(10)
vns1147偈 1141その方は、わたしに、法(真理)を説示してくださったのです⸺現に見られ時を要さない〔即座の法〕を、渇愛の滅尽を、疾患なき〔境地〕を。その〔境地〕には、どこにも喩えが存在しないのです。(11)
vns1148偈 1142〔わたしは〕見ます⸺その方を、眼で〔見る〕かのように、意で⸺婆羅門よ、夜に、昼に、〔気づきを〕怠ることなく。夜は、〔覚者を〕礼拝する者として過ごし、まさしく、それによって、〔もはや、覚者から〕離れ住むことなき者と、〔自らを〕思うのです。(12)
vns1149偈 1143そして、〔迷いなき〕信は、さらに、〔真の〕喜悦は、〔切なる〕意は、かつまた、〔怠りなき〕気づきは⸺これらは、ゴータマの教えから離れず、広き智慧ある方が行く、その〔方角〕その方角に、まさしく、その〔場〕その〔場〕に、〔まさに〕その、わたしは、礼拝者として存するのです。(13)
vns1150偈 1144老い朽ち、力と強さに劣る、わたしの身体が、まさしく、その〔場〕に至ることはありません。そこにおいて、常に思惟が進み行くことで、〔その場に〕行き着くのです。婆羅門よ、まさに、わたしの意は、その〔場〕と結ばれているのです。(14)
vns1151偈 1145汚泥に臥し震えおののきながら、〔わたしは〕洲から洲へと漂いました。そこで、〔わたしは〕正覚者を見ました⸺激流を超えた煩悩なき方を」〔と〕。(15)
vns1152偈 1146〔その時、世尊がピンギヤの前に現われて言った〕「すなわち、ヴァッカリが、バドラーヴダが、そして、アーラヴィ・ゴータマが⸺信を解き放った者が〔そう〕有ったように、まさしく、このように、あなたもまた、信を解き放つのです。ピンギヤよ、あなたは、死魔の領域の彼岸に至るでしょう」〔と〕。(16)
vns1153偈 1147〔ピンギヤは言った〕「この〔わたし〕は、より一層、〔心が〕清まります(より信を強くする)⸺牟尼の言葉を聞いて〔そののち〕。〔迷妄の〕覆いが開かれた正覚者は、〔心に〕鬱積なく即応即答〔の智慧〕ある方です。(17)
vns1154偈 1148上天〔の神々〕たちのことを証知して、彼此の一切を知っておられます。疑いありと明言する者たちのために、諸々の問いの終極を為す、〔世の〕教師たる方です。(18)
vns1155偈 1149それには、どこにも喩えが存在しない、翻弄されず激情しない〔心のあり方〕に、〔わたしは〕確実に至るでありましょう。ここにおいて、わたしに、疑いはありません。このように、わたしのことを、〔涅槃に〕心が信念した者と、お認めください」〔と〕。ということで⸺(19)
彼岸に至るものの章が第五となり、〔以上で〕終了となる。
経の摂頌
1. 蛇、そして、また、ダニヤ、犀の角、そして、耕作者(耕作者バーラドヴァージャ)、チュンダ、まさしく、さらに、生存(滅びの者)、そして、賎民、そして、為すべきこと〔で始まる経〕(慈愛)、ヘーマヴァタ、さらに、夜叉(アーラヴァカ)、勝利の経、優れた牟尼の経、ということで⸺
2. 優れた第一のものとして作成され、十二の経を保持し、見事に区分された、優れた章がある。〔世俗の〕垢を離れる眼ある方によって説示された、〔その〕優れた章は、「蛇」という〔名のものとして〕伝え聞かれる。
3. 宝と生臭、恥と幸福という名のもの、そして、スーチローマとカピラ、婆羅門の法(性質)にかなう者、舟、そして、「何が、戒ですか」〔の経〕と奮起、そして、ラーフラ、さらに、また、ヴァンギーサ(ニグローダ・カッパ)⸺
4. そして、ここにおいて、また、正しい遍歴遊行なるもの、優れたダンミカの経が見事に区分され、第二〔の章〕においては十四の経を保持し、それを、優れた「小なるものの章」と〔人々は〕言う。
5. 出家と精励と善く語られたものという名のもの、献菓、そして、まさしく、さらに、マーガ、サビヤ、まさしく、ケーニヤ(セーラ)、矢という名のもの、優れたヴァーセッタ、そして、また、カーリカ(コーカーリカ)⸺
6. 優れたナーラカの経が見事に区分され、そのように、まさしく、さらに、それを随観する者(二なることの随観)があり、第三〔の章〕においては十二の経を保持する、〔その〕優れた章は、「大なるもの」という名のものとして伝え聞かれる。
7. 欲望と洞窟についての八なるものと邪悪〔についての八なるもの〕という名のもの、優れた清浄〔についての八なるもの〕、最高についての八なるものという名のもの、老、優れたメッテイヤが見事に区分され、パスーラとマーガンディヤ、「〔身体の〕破壊の前に」〔の経〕⸺
8. 紛争と論争、そして、まとまりの両者(小さなまとまり・大きなまとまり)、迅速と自己の棒とサーリプッタがあり、第四〔の章〕においては十六の経を保持し、それを、優れた「八なるものの章」と〔人々は〕言う。
9. 喜ぶべきマガダ地方の優れた地域にして〔過去に〕作り為した功徳ある住居地において、美しく区分された優れたパーサーナカ塔廟において、最勝の衆師たる世尊は住していた。
10. 二つの住居に到来するにあたり、十二ヨージャナ(由旬:長さの単位・軛牛の一日の旅程距離)の衆となり、伝えるところでは、十六者の婆羅門たちに、〔世尊は、問いを〕尋ねられた者として、〔彼らの〕問いにたいし、〔彼らの〕十六の問いの行為にたいし、〔的確に〕明示し、法(教え)を与えた。
11. 義(意味)を明示し文(文型)を円満した〔法〕を、最高の平安を生む法(教え)を、勝者は、至高の二足者たる方は、世〔の人々〕の益のために説示した。種々様々な多くの法(教え)ある優れた経を、一切の〔心の〕汚れ(煩悩)を解き放つことを因とする優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
12. 文(文型)と義(意味)ある句が等しく結び付いた〔経〕を、文字が了解され喩えが的確なる〔経〕を、世の彷徨の知恵(邪知)を滅壊する優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
13. 諸々の貪欲(貪)の垢を、垢なきものを、至高にして〔世俗の〕垢を離れるものを、諸々の憤怒(瞋)の垢を、垢なきものを、至高にして〔世俗の〕垢を離れるものを、諸々の迷妄(痴)の垢を、垢なきものを、至高にして〔世俗の〕垢を離れるものを、世の彷徨の知恵を滅壊する優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
14. 諸々の〔心の〕汚れの垢を、垢なきものを、至高にして〔世俗の〕垢を離れるものを、諸々の悪しき行ないの垢を、垢なきものを、至高にして〔世俗の〕垢を離れるものを、世の彷徨の知恵を滅壊する優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
15. 諸々の煩悩(漏)の結縛と束縛を、〔心の〕汚れなきものを、さらに、〔修行の〕妨害(蓋)となる三つの垢を、〔まさに〕その、〔心の〕汚れを解き放つことを因とする優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
16. 無垢にして一切の〔心の〕汚れを除き去るものを、貪欲と離貪〔の両者〕に不動で憂いなきものを、寂静にして精妙で極めて見難い法(教え)たる優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
17. さらに、貪欲を、憤怒を、破壊されることなく存しているものを、〔一つの〕胎と四つの境遇(趣)ある五つの識知〔作用〕(識)を、救護所の蔓草たる渇愛の歓楽の覆いを解き放つ優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
18. 深遠で極めて見難く優雅で精緻なるものを、賢者によって知られるべき精妙なる義(意味)あるものを、世の彷徨の知恵を滅壊する優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
19. 九つの支分ある花の花飾と首飾あるものを、機能(根)と瞑想(禅)と解脱によって区分されたものを、八つの支分ある道を保持する優れた乗物たる優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
20. ソーマ(神酒)の如く〔世俗の〕垢を離れる完全なる清浄あるものを、海の如く種々様々な宝あるものを、花に等しく太陽の如き威光ある優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
21. 平安なる至福にして安楽で清涼で寂静なるものを、死魔の救護所として最高なるものを、最高の義(勝義)を、〔まさに〕その、善く涅槃に到達した見を因とする優れた経を、至高の二足者たる方は説示した。
スッタニパータ聖典は〔以上で〕終了となる。
この杜による要点
本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。
対応する本文へ 尊者ピンギヤは師のもとに帰って言った。「彼岸に至るもの」を復唱しましょう。世俗の垢を離れた広い思慮の方が、見たとおりに告げてくださいました。無欲で欲の林のない龍のような方が、何のために偽りを語るでしょう。
対応する本文へ 垢と迷い、慢心と人を軽んじる心を捨てた方について、讃える言葉で伝えましょう、とピンギヤは語る。
対応する本文へ 闇を除くすべてに眼ある覚者、世の果てに至り、あらゆる迷いの生存を越え、煩悩なくあらゆる苦しみを捨てた方、真理をその名とする方に、師よ、私は仕えたのです。
対応する本文へ 鳥がまばらな林を捨てて実り多い森に住みつくように、私も見識の少ない人々を捨てて、白鳥のように大海原にたどり着いたのです。
対応する本文へ ゴータマの教えより前に、「こうであった」「こうなるだろう」と人々が私に説き明かしたことは、すべて伝え聞きで、誤った考えを増やすものでした。
対応する本文へ 独り闇を除いて端坐する方、光り輝き、光をもたらす方。ゴータマは広い智慧の方、広い思慮の方です。
対応する本文へ その方は、今ここで確かめられ、時を待たない教えを説いてくださった。渇愛の終わり、災いのない安らぎであり、比べるものがない、と語る。
対応する本文へ バーヴァリが言った。ピンギヤよ、どうしておまえは、広い智慧と思慮のゴータマから、ひとときでも離れていられるのか。
対応する本文へ その方はおまえに、今ここで確かめられ、時を待たない教えを説いてくださった。渇愛の終わり、災いのない安らぎであり、比べるものがないのだ、と師は語る。
対応する本文へ ピンギヤは言った。師よ、私は広い智慧と思慮のゴータマから、ひとときでも離れてはいません。
対応する本文へ その方は私に、今ここで確かめられ、時を待たない教えを説いてくださった。渇愛の終わり、災いのない安らぎであり、比べるものがない、とピンギヤは語る。
対応する本文へ 師よ、私は夜も昼も気づきを怠らず、眼で見るかのように心でその方を見ています。夜は覚者を礼拝して過ごし、それゆえ自分を、覚者から離れていない者と思うのです。
対応する本文へ 信と喜びと切なる思いと気づきは、ゴータマの教えから離れません。広い智慧の方が行く方角、その場所、その場所で、私は礼拝する者としてあるのです。
対応する本文へ 老い朽ちて力の衰えた私の体は、その場所へ行くことができません。けれども絶えず思いを向けることで、そこへ行き着くのです。師よ、私の心はその方と結ばれているのです。
対応する本文へ 泥の中に伏して震えながら、私は洲から洲へ漂いました。そこで、激流を渡った煩悩のない正覚者に出会ったのです、と。
対応する本文へ ヴァッカリやバドラーヴダ、アーラヴィ・ゴータマのように、あなたも信を十分に働かせよ。ピンギヤよ、死の支配を越えてゆくだろう、と世尊は励ます。
対応する本文へ ピンギヤは言った。聖者の言葉を聞いて、私の心はいっそう清まります。迷いの覆いを開いた正覚者は、わだかまりなく、即座に答える智慧の方です。
対応する本文へ 天の神々のことを知り、あらゆる彼此を知っておられます。疑いを口にする人々のために、問いに決着をつける世の教師です。
対応する本文へ 何ものにも揺さぶられず、動かず、比べるもののない境地へ、私はきっと至る。疑いはない。私を、その境地に心を定めた者と認めてください、と語る。
収録した訳と出典
日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全5章・70経と序・結び、巻末の21詩を収録版の73単位で掲載。
訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。