いのりのもり祈りの杜仮称

ダンマパダ「道の章」

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関西パーリ語実習会 日本語訳

日本語訳の本文

道の章

SC 273 諸々の道のなかでは、〔聖なる〕八つの支分ある〔道〕(八正道)が最勝である。諸々の真理のなかでは、四つの〔聖なる〕境処(四聖諦)が〔最勝である〕。諸々の法(教え)のなかでは、離貪〔の法〕が最勝である。そして、二足の者(人間)たちのなかでは、眼ある者が〔最勝である〕。

SC 274 これこそは、道である。見の清浄のための、他〔の道〕は存在しない。まさに、この〔道〕を、あなたたちは実践しなさい⸺悪魔を迷妄ならしむ、この〔道〕を。

SC 275 まさに、この〔道〕を実践したなら、あなたたちは、苦しみの終極を為すであろう。矢を折ることを了知して、わたしによって、あなたたちに、道は告げ知らされた。

SC 276 熱く為すべきは、あなたたちである。如来たちは、〔道を〕告げ知らせる者たちである。〔この道を〕実践する瞑想者たちは、悪魔の結縛から解き放たれるであろう。

SC 277 すなわち、「諸々の形成〔作用〕(形成されたもの・現象世界)は、全てが常住ならざるものである( 諸行無常 )」と、智慧によって見るとき、そこで、苦しみについて厭離する⸺これは、清浄への道である。

SC 278 すなわち、「諸々の形成〔作用〕(形成されたもの・現象世界)は、全てが苦しみである( 一切皆苦 )」と、智慧によって見るとき、そこで、苦しみについて厭離する⸺これは、清浄への道である。

SC 279 すなわち、「諸々の法(事象)は、全てが自己ならざるものである( 諸法無我 )」と、智慧によって見るとき、そこで、苦しみについて厭離する⸺これは、清浄への道である。

SC 280 奮起する時に奮起せずにいる者、若く力があるのに怠け癖を具した者、思惟と意〔の働き〕が沈滞した怠惰の者⸺怠け者は、智慧によって道を見出すことがない。

SC 281 言葉( 口 )を守り、意( 意 )によって善く統御され、そして、身体( 身 )によって善ならざることを為さないなら、これらの三つの行為の道を清め、聖賢によって知らされた道に達するであろう。

SC 282 〔心の〕制止( 瑜伽 )あるがゆえに、まさに、英知は生まれる。〔心の〕制止なきがゆえに、英知の消滅がある。実体( 有 :存在)への〔道を〕、さらに、虚無( 非有 :無)への〔道を〕⸺この二種の道を〔あるがままに〕知って、すなわち、英知が増え行くままに、そのように、自己を確たるものとするがよい。

SC 283 〔一本の〕木ではなく、林を断て。〔欲の〕林からは、恐怖が生まれる。かつまた、林を、かつまた、林の下生えを、〔両者ともに〕断って、比丘たちよ、〔欲の〕林なき者たちと成れ。

SC 284 まさに、女たちにたいする男の〔欲の〕林の下生えが、微塵ばかりでさえも断たれずにある、そのかぎりは、そのあいだ、彼は、まさしく、意が縛られた者となる⸺乳を飲む子牛が、母〔牛〕にたいするように。

SC 285 自己への愛執〔の思い〕を断て⸺秋の蓮を、手で〔断ち切る〕ように。善き至達者(ブッダ)によって説示された、涅槃〔の境処〕を、寂静の道こそを、育てよ。

SC 286 「雨期のあいだ、〔わたしは〕ここに住するであろう。冬と夏には、ここに〔住するであろう〕」〔と〕、かくのごとく、愚者は熟慮するが、〔すぐ目の前の〕障り(危険)を覚らない。

SC 287 彼を、子供や家畜に夢中になり執着の意図ある人を、死魔は取って去り行く⸺眠りについた村を、大激流が〔流し去ってしまう〕ように。

SC 288 子供たちは、〔わが身の〕救いのために存在するのではない。父親も、さにあらず。眷属たちもまた、さにあらず。死神に囚われた者の救い手は、親族たちのなかには存在しない。

SC 289 この義(利益)たる所以を知って、戒において統御された賢者は、涅槃に至る道を、まさしく、すみやかに清めるであろう。

道の章が第二十となり、〔以上で〕終了となる。

この杜による要点

本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。

対応する本文へ 道では八正道、真理では四聖諦、あり方では貪りを離れることが最上とされる。人々の中では、智慧の目を持つ覚者が最上とされる。

対応する本文へ 見方を清めるための道はこれしかない。この道を実践しなさい。迷いの力を惑わす道である。

対応する本文へ この道を実践すれば苦しみを終わらせられる。苦しみの矢を抜く方法を知って、私はこの道を示した。

対応する本文へ 励むのはあなたがた自身である。如来は道を示す人にすぎない。この道を実践し瞑想する人は、迷いの束縛から解き放たれる。

対応する本文へ 条件によって生じるものはすべて移ろう、と智慧で見るとき、苦しみを伴うあり方を厭い離れる。これが清らかさへの道である。

対応する本文へ 条件によって生じるものはすべて苦しみを伴う、と智慧で見るとき、そのあり方を厭い離れる。これが清らかさへの道である。

対応する本文へ すべての事象は自己そのものではない、と智慧で見るとき、苦しみを伴うあり方を厭い離れる。これが清らかさへの道である。

対応する本文へ 奮い立つべき時に奮い立たず、若く力があるのに怠け、思いが沈んでいる怠け者は、智慧によって道を見出せない。

対応する本文へ 言葉を守り、心をよく抑え、身体で悪いことをしない。この三つの行いの道を清めれば、聖者の示した道に至る。

対応する本文へ 心を制することから智慧が生まれ、制しないことで智慧は失われる。この二つの道を知って、智慧が増えるように自分を定める。

対応する本文へ 一本の木ではなく、欲の林を切れ。林から恐れが生まれる。林も下草も切って、修行者たちよ、欲の林のない人となれ。

対応する本文へ 異性への欲の下草がわずかでも残っている限り、乳を飲む子牛が母牛に縛られるように、心は縛られたままである。

対応する本文へ 自分への愛着を、秋の蓮を手で折るように断て。仏の説いた涅槃、静けさの道を育てよ。

対応する本文へ 「雨期はここに住み、冬と夏はここに住もう」と愚かな人は考えるが、目の前の危険に気づかない。

対応する本文へ 子どもや家畜に夢中で執着する人を、死は連れ去る。眠った村を大洪水が流し去るように。

対応する本文へ 子どもも父も親族も、死に捕らえられた人を救うことはできない。

対応する本文へ このことを知って、戒を守る賢い人は、涅槃に至る道をすみやかに清める。

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収録した訳と出典

日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全26章・423偈と、収録版の結び・摂頌を掲載。

訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。

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