いのりのもり祈りの杜仮称

ダンマパダ「象の章」

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関西パーリ語実習会 日本語訳

木漏れ日の林を、一頭の象が静かに歩く。
よい道友が見つからないときの歩みを、林の象にたとえます。前の第328偈では、よい友と共に歩むことを勧めています。

日本語訳の本文

象の章

SC 320 戦場において、弓から放たれた矢を〔忍受する〕象のように、わたしは、〔他者からの〕責め咎めを忍受するであろう。まさに、劣戒なるかな⸺〔世の〕多くの人々は。

SC 321 調御された〔象〕を、〔人々は〕戦場へと導く。調御された〔象〕に、王は乗る。〔自己が〕調御された者は、人間たちのなかの最勝の者⸺彼は、〔他者からの〕責め咎めを忍受する。

SC 322 優れているのは、調御された騾馬たちであり、そして、善き生まれのシンダヴァたち(シンドゥ産の良馬)であり、さらに、クンジャラの大いなる象たちである。それよりも優れているのは、自己が調御された者である。

SC 323 まさに、これらの乗物では、〔いまだ〕赴かざる方角(涅槃)に赴くことはできない⸺すなわち、善く調御された自己〔という乗物〕で、調御された者が調御によって赴くようには。

SC 324 「財の番人」という名のクンジャラ〔象〕がいる。辛辣なる破壊者で、防護し難く、捕縛されたなら、餌を食べない。クンジャラ〔象〕は、象の林を思念する。

SC 325 すなわち、惰眠の者として〔世に〕有るとき、さらに、大飯食いの者として〔世に有るとき〕、眠りこけてはごろ寝をする者となる。餌で養われた大豚のように、愚か者は、繰り返し、〔母の〕胎に近づく。

SC 326 かつて、この心は、〔気ままに〕歩みさすらう者として歩んできた⸺求めるところから、欲するところへと、楽しみあるままに。わたしは、今日、それ(心)を、根源から制御するであろう⸺鉤をもつ捕捉者(象使い)が、狂象を〔制御する〕ように。

SC 327 〔あなたたちは、気づきを〕怠らないこと( 不放逸 )に喜びある者たちと成れ。自らの心を守れ。難所から自己を引き抜け⸺汚泥にはまったクンジャラ〔象〕が、〔自らを引き抜く〕ように。

SC 328 それで、もし、賢明なる道友を得るなら、共に歩む善き住者たる慧者を〔得るなら〕、一切の危難を征服して、わが意を得た者となり、気づきある者として、彼とともに、歩むがよい。

SC 329 もし、賢明なる道友を得ないなら、共に歩む善き住者たる慧者を〔得ないなら〕、征圧した国土を捨棄して〔出家する〕王のように、林のなかのマータンガ象のように、独り、歩むがよい。

SC 330 独りある者の歩みのほうが、より勝っている。愚者のうちに、道友たること(真の友情)は存在しない。そして、諸々の悪しきことを為さず、〔俗事に〕思い入れ少なく、林のなかのマータンガ象のように、独り、歩むがよい。

SC 331 義(事態)が生じたとき、道友たちがいることは、安楽である。すなわち、いかなるものによっても〔足ることを知り〕、満足〔の思い〕あることは、安楽である。生命の消滅あるとき、〔善き〕功徳あることは、安楽である。一切の苦痛を捨棄することは、安楽である。

SC 332 世において、母を敬うことは、安楽である。さらに、父を敬うことは、安楽である。世において、沙門の資質あることは、安楽である。さらに、梵(婆羅門)の資質あることは、安楽である。

SC 333 すなわち、老いてなお、戒あることは、安楽である。確立した信あることは、安楽である。智慧を獲得することは、安楽である。諸々の悪を為さないことは、安楽である。

象の章が第二十三となり、〔以上で〕終了となる。

この杜による要点

本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。

対応する本文へ 戦場の象が弓矢を耐えるように、私は人からの非難に耐えよう。世の多くの人は戒が乱れているのだから。

対応する本文へ 調教された象は戦場に連れて行かれ、王が乗る。自分を調えた人は人の中で最もすぐれ、非難に耐える。

対応する本文へ 調教された騾馬も、血統のよい馬も、大きな象もすぐれているが、自分を調えた人はそれらよりすぐれている。

対応する本文へ 調教した動物に乗るだけでは、まだ至らない修行の境地には行けない。自分自身をよく調えることによってこそ、その境地へ進める。

対応する本文へ 「財の番人」という名の象は、発情期には手がつけられず、捕らえられても餌を食べない。象は森を思い続けている。

対応する本文へ 眠ってばかりで大食いし、ごろ寝ばかりする人は、餌で太った豚のようで、愚かな人として繰り返し生まれ変わる。

対応する本文へ この心はこれまで、欲しいままに気ままにさまよってきた。今日からは象使いが暴れ象を抑えるように、根本から心を制する。

対応する本文へ 怠らないことを喜び、自分の心を守れ。泥にはまった象が自力で抜け出すように、難所から自分を引き抜け。

対応する本文へ 賢く行いの正しい仲間を得たなら、あらゆる困難を乗り越えて、喜びと気づきのうちに、その人とともに歩む。

対応する本文へ 賢く善く生きる仲間を得られないなら、国を捨てて去る王や、林を行く象のように、独りで歩む。

対応する本文へ 独りで歩むほうがよい。愚かな人との間に友情はない。悪いことをせず、わずらいを少なくして、林の象のように独り歩む。

対応する本文へ 困ったときに仲間がいるのは幸い、何にでも満足できるのは幸い、命の終わりに善い行いがあるのは幸い、あらゆる苦しみを捨てるのは幸いである。

対応する本文へ 母を敬うのは幸い、父を敬うのは幸い、修行者であることは幸い、聖なる人であることは幸いである。

対応する本文へ 老いても戒を守るのは幸い、ゆるがぬ信があるのは幸い、智慧を得るのは幸い、悪をしないのは幸いである。

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収録した訳と出典

日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全26章・423偈と、収録版の結び・摂頌を掲載。

訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。

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