スッタニパータ「法の行ないの経」
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日本語訳の本文
2.6. 法の行ないの経
vns276偈 274法(教え)の行ない(法行)を、梵行を⸺これを、〔賢者たちは〕「最上の富」と言う。たとえ、もし、家から家なきへと出家した者として〔世に〕有るも⸺(1)
vns277偈 275もし、彼が、駄弁の類の者であり、〔他者を〕害することを喜ぶ獣愚の者であるなら、彼の生は、より悪しきものとなり、自己の塵を増大させる。(2)
vns278偈 276紛争を喜ぶ比丘は、迷妄の法(性質)に覆われた者であり、覚者によって説示された法(教え)を、たとえ、告げ知らされたとして、知ることはない。(3)
vns279偈 277自己を修めた者たちを害している者は、無明によって〔特定のものを〕偏重する者であり、〔心の〕汚染(雑染)が地獄に至る道であることを知らない。(4)
vns280偈 278堕所に入った者は、胎から胎へと、闇から闇へと〔輪廻する〕。彼は、まさに、そのような比丘は、死してのち、苦を受ける。(5)
vns281偈 279たとえば、糞坑が、年を経たものとして存するなら、〔汚物によって〕等しく満たされるように、そして、彼が、このような形態の者として存するなら、穢れを有する者は、まさに、清め難い。(6)
vns282偈 280比丘たちよ、彼を、このような形態の者を、家〔の生活〕に依存する者(世俗の欲望に縛られた者)と知りなさい⸺悪しき欲求ある者と、悪しき思惟ある者と、悪しき習行と境涯ある者と。(7)
vns283偈 281全ての者たちは、和合の者たちと成って(一致団結して)、彼を厭い離れよ、殻を取り払え、屑を取り去れ。(8)
vns284偈 282そののち、沙門ではないのに「沙門である」と思量する、籾殻たちを追い払え。悪しき欲求ある者たちを、悪しき習行と境涯ある者たちを、取り払って⸺(9)
vns285偈 283〔あなたたちは〕気づきある清浄の者たちとして、清浄の者たちと共住を営むのだ。そののち、〔あなたたちは〕賢明なる和合の者たちとして、苦しみの終極を為すであろう。ということで⸺(10)
法の行ないの経が第六となり、〔以上で〕終了となる。
この杜による要点
本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。
対応する本文へ 教えの実践と清らかな行いを、賢者は最上の富と言う。家を出て出家した人であっても、
対応する本文へ おしゃべりで、人を害することを喜ぶ愚かな人であれば、その生は悪くなり、自分の塵を増やす。
対応する本文へ 争いを喜ぶ修行者は迷いに覆われ、覚者の説いた教えを告げられても知ることがない。
対応する本文へ 自分を修めた人々を害する人は、無明に偏り、心の汚れが地獄に至る道であることを知らない。
対応する本文へ 堕ちた人は胎から胎へ、闇から闇へとさまよう。そのような修行者は、死後に苦しみを受ける。
対応する本文へ 古い糞坑が汚物で満ちているように、そのような人は穢れに満ち、清めるのが難しい。
対応する本文へ 修行者たちよ、そのような人を、世俗の欲に縛られた人、悪い欲と悪い考えを持ち、悪い行いと境涯の人と知りなさい。
対応する本文へ 皆が心を一つにして、そのような人を遠ざけよ。殻を取り払い、屑を取り除け。
対応する本文へ そのうえで、修行者でないのに修行者だと思い込む籾殻のような人々、悪い欲と行いの人々を追い払って、
対応する本文へ 気づきある清らかな人々として、清らかな人々と共に住め。そうすれば賢く和合した人々として、苦しみを終わらせるだろう。
収録した訳と出典
日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全5章・70経と序・結び、巻末の21詩を収録版の73単位で掲載。
訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。