いのりのもり祈りの杜仮称

スッタニパータ「生臭の経」

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関西パーリ語実習会 日本語訳

日本語訳の本文

2.2. 生臭の経

偈 239〔過去仏カッサパに、苦行者ティッサが尋ねた〕「さてまた、諸々のサーマーカ(雑穀の一種)やチングーラカ〔草〕やチーナカ〔豆〕を、葉の果(野菜)を、根の果(根菜)を、蔓の果(果実)を⸺〔すなわち〕正しくある者たちの法(教え)によって得たもの(規則どおりに採取したもの)を食べている者たちは、欲を欲するままに偽りを話しません。(1)

偈 240それが〔何であれ〕、上手に作り為され見事に盛り付けされたものを食べている者は⸺〔すなわち〕他者たちによって布施され供与された精妙なるものを、諸々の米からなる食べ物を、遍く受益している者は⸺カッサパ(迦葉:過去仏)よ、彼は、生臭ものを食べたのです。(2)

偈 241諸々の米からなる食べ物を、上手に調理された諸々の鳥肉とともに遍く受益しながら、梵〔天〕(ブラフマー神)の眷属(過去仏カッサパ)よ、あなたは、『わたしにとって、生臭は、適確ならず』と、まさしく、かくのごとく語ります。カッサパよ、この義(意味)を、あなたに尋ねます。あなたの〔説く〕生臭は、どのような流儀のものですか」〔と〕。(3)

偈 242〔過去仏カッサパは答えた〕「命あるものを殺すこと、〔命あるものを〕打つことと切ることと縛ること、〔物を〕盗むこと、虚偽を説くこと、欺くこと、さらに、騙すこと、〔役に立たない〕学問に従事すること、他者の妻と慣れ親しむこと⸺これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(4)

偈 243彼ら、この〔世において〕、諸々の欲望〔の対象〕にたいし自制なき人たち、諸々の味にたいし貪求ある者たち、不浄の状態と交わる者たち、『〔何であれ〕存在しない』という見解ある者(断見論者)たち、不正なる者たち、捉えどころなき者(教え難き者)たち⸺これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(5)

偈 244彼ら、粗野な者たち、凶悪な者たち、陰口を言う者たち、朋友を裏切る者たち、慈悲なき者たち、高慢の者たち、さらに、誰にも施さず、施さないことを戒とする者たち⸺これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(6)

偈 245忿激、驕慢、強情、反抗、幻惑、嫉妬、そして、大言壮語、さらに、思量(慢)と高慢(過慢)、正しからざる者たちとの親愛⸺これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(7)

偈 246彼ら、悪を戒とする者たち、借金を踏み倒し告げ口をする者たち、裁きにおいて奸計ある者たち、この〔世において〕、それらしい形態をする者(偽善者)たち⸺彼ら、この〔世において〕、罪障を作る、人として最低の者たち⸺これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(8)

偈 247彼ら、この〔世において〕、命あるものたちにたいし自制なき人たち⸺他者たちのものを取って、害することに専念する者たち⸺残忍で劣戒の者たち、粗暴で礼を欠く者たち⸺これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(9)

偈 248これら〔の命あるものたち〕にたいし、貪求ある者たち、〔行く手を〕遮る者たち、殺害する者たち⸺彼ら、常に〔正しからざることに〕専念し、死してのち、闇に行き着き、頭を下に、地獄へと落ち行く、〔迷える〕有情たち⸺これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(10)

偈 249諸々の魚肉を食べざることにあらず、裸身でいることにあらず、剃髪することにあらず、結髪することに〔あらず〕、埃〔をかぶること〕に〔あらず〕、諸々の粗い鹿皮〔をまとうこと〕に〔あらず〕、祭火への捧げものの勤行にあらず、あるいは、また、それらの、世における多くの不死の苦行、諸々の呪文や供犠、諸々の祭祀や季節の勤行に〔あらず〕⸺疑いを超えずにいる人間を清めるのは。(11)

偈 250すなわち、それら〔の感官の機能〕において〔心が〕守られた者となり、〔感官の〕機能を征圧した者として〔世を〕歩むなら、法(正義)に依って立つ者として、正直と温厚を喜ぶ者として、執着を超え行き、一切の苦しみを捨棄した慧者は、諸々の見られ聞かれたもの(認識対象)に汚されません」〔と〕。(12)

偈 251かくのごとく、世尊(過去仏カッサパ)は、繰り返し、この義(意味)を告げ知らせた。呪文の奥義に至る者(苦行者ティッサ)は、それを知った。牟尼は、様々な詩偈によって、〔それを〕明示した⸺生臭なく、〔何にも〕依存せず、〔何によっても〕捉えどころなき者は。(13)

偈 252覚者の見事に語られた句を聞いて、生臭なく一切の苦しみを除き去る〔教え〕を〔聞いて〕、〔苦行者ティッサは〕謙虚な意で如来を敬拝し、まさしく、その場において、出家することを選んだ。ということで⸺(14)

生臭の経が第二となり、〔以上で〕終了となる。

この杜による要点

本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。

対応する本文へ 苦行者ティッサが過去仏カッサパに言った。雑穀や豆や葉や根や果実など、正しい教えのとおりに得たものを食べる人は、欲のままに嘘を言いません、と。

対応する本文へ 人が上手に調理して盛りつけ、施してくれた精妙な米の食事を味わう人は、カッサパよ、生臭ものを食べたことになります。

対応する本文へ 米の食事を鳥肉とともに味わいながら、あなたは「生臭は私にふさわしくない」と言います。あなたの言う生臭とはどういうものですか、と。

対応する本文へ カッサパは答える。殺生や暴力、盗み、嘘、欺き、邪な術を学ぶこと、他人の妻と通じること。これが生臭であり、肉を食べることではない、と。

対応する本文へ 欲を抑えず、味を貪り、不浄に交わり、行いの結果などを否定する虚無的な見解を持ち、不正で教えがたいこと。これが生臭であり、肉を食べることではない。

対応する本文へ 粗野で凶悪で、陰口を言い、友を裏切り、情けがなく、高慢で、誰にも施さず施さないことを習いとする人々。これが生臭であり、肉を食べることではない。

対応する本文へ 怒り、おごり、強情、反抗、惑わし、嫉妬、大言壮語、慢心と高慢、正しくない人々との親しさ。これが生臭であり、肉を食べることではない。

対応する本文へ 悪を習いとし、借金を踏み倒し、告げ口し、裁きで策を弄し、善人を装う人々、この世で罪を作る最低の人々。これが生臭であり、肉を食べることではない。

対応する本文へ 生き物に対して自制がなく、他人のものを取り、害することに励み、残忍で戒が乱れ、粗暴で礼を欠く人々。これが生臭であり、肉を食べることではない。

対応する本文へ 生き物を貪り、行く手を遮り、殺し、常に悪に励み、死後に闇へ行き、頭から地獄に落ちる人々。これが生臭であり、肉を食べることではない。

対応する本文へ 魚や肉を食べないことも、裸でいることも、剃髪も結髪も、埃をかぶることも、鹿皮も、火への供物も、苦行や呪文や祭祀も、疑いを越えていない人を清めはしない。

対応する本文へ 感覚への気づきを守り、その働きを知って歩み、教えに立ち、正直と温和を喜ぶ。執着を越えて苦を捨てた賢者は、見聞きしたものにとらわれない。

対応する本文へ カッサパはこの意味を繰り返し告げ、呪文の奥義に通じたティッサはそれを知った。生臭なく、何にも頼らず、捉えどころのない聖者は、さまざまな詩で明らかにした。

対応する本文へ 覚者のみごとな言葉、生臭なくすべての苦しみを除く教えを聞いて、ティッサは謙虚な心で如来を敬い、その場で出家を選んだ。

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収録した訳と出典

日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全5章・70経と序・結び、巻末の21詩を収録版の73単位で掲載。

訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。

公開元の日本語訳 · CC BY-NC-ND 3.0(表示・非営利・改変禁止)