スッタニパータ「老の経」
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日本語訳の本文
4.6. 老の経
vns810偈 804まさに、この生命(寿命)は、僅かである。百年にも満たずに、〔人は〕死ぬ。彼が、たとえ、もし、〔百年を〕超えて生きるとして、そこで、まさに、彼は、老によってもまた、死ぬ。(1)
vns811偈 805わがものと〔錯視〕されたもの(執着の対象)について、〔世の〕人たちは憂い悲しむ。まさに、諸々の執持〔の対象〕(所有物)は、常住のものとして存在しない。これは、変じ異なる状態として存在しているだけである。かくのごとく見て、〔賢者は〕家に居住しないように。(2)
vns812偈 806それを、人が、「これは、わたしのものである」と思いなすも、それは、死によってもまた失われる。このことをもまた知って、賢者は、わたし(ブッダ)にならう者は、我執〔の思い〕に屈さないように。(3)
vns813偈 807たとえば、また、夢で一緒になった者を、目覚めた人が〔もはや〕見ないように、このように、また、〔かつて〕愛された人も、命を終えた亡者となるなら、〔誰も〕見ない。(4)
vns814偈 808〔かつて〕見られもまたし、聞かれもまたした、それらの人たちは、彼らのこの名前〔だけ〕が呼ばれるのであり、人が亡者となるなら、告げ知らすべきものとして、名前だけが残る。(5)
vns815偈 809わがものと〔錯視〕されたものにたいし貪求〔の思い〕ある者たちは、憂いや嘆きや物惜〔の思い〕を捨棄しない。それゆえに、牟尼(沈黙の聖者)たちは、執持〔の対象〕を捨棄して〔世を〕歩んだ⸺〔無一物に〕平安を見る者たちとなり。(6)
vns816偈 810〔欲望の対象から〕退去して〔世を〕歩む比丘が、遠離の坐所に親しんでいるなら⸺〔彼のことを、賢者たちは〕「彼にとって、それ(遠離の坐所)は、〔比丘として〕ふさわしいことである」〔と〕言う⸺彼が、〔迷いの〕生存域において、〔彼の〕自己を見せないなら。(7)
vns817偈 811一切所において、牟尼は、依存なき者となり、愛しいものを作らず、また、愛しくないものも〔作ら〕ない。彼のうちに、嘆きや物惜〔の思い〕は〔存在しない〕⸺たとえば、〔蓮の〕葉に、水が着かないように。(8)
vns818偈 812たとえば、また、蓮〔の葉〕に、水滴が〔着かない〕ように⸺たとえば、蓮華に、水が着かないように⸺このように、牟尼は、すなわち、この、見られ聞かれたものに〔依存せず〕、あるいは、諸々の思われたものについて汚されない。(9)
vns819偈 813まさに、〔汚れを払った〕清き者は、すなわち、この、見られ聞かれたものに〔依存せず〕、あるいは、諸々の思われたものについて〔汚されず〕、それ(見られ聞かれたもの)によって思い考えない。〔彼は〕他のものによって、清浄を求めない。なぜなら、彼は、〔欲に〕染まらず、離貪もしないのだから。ということで⸺(10)
老の経が第六となり、〔以上で〕終了となる。
この杜による要点
本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。
対応する本文へ この命はわずかである。百年に満たずに人は死ぬ。たとえ百年を超えて生きても、老いによって死ぬ。
対応する本文へ 人は自分のものに嘆くが、永遠に保てる所有物はない。別れは避けられないと見て、家の暮らしを離れる、と説く。
対応する本文へ 「これは私のものだ」と思っても、死によって失われる。このことを知って、私に従う賢者は、我執に屈しない。
対応する本文へ 夢で会った人に、目覚めてからは会えないように、愛する人も亡くなれば、生前のようには会えない、とたとえる。
対応する本文へ かつて見た人も聞いた人も、その名前が呼ばれるだけである。人が亡くなれば、伝えるものとして名前だけが残る。
対応する本文へ わがものとしたものを貪る人々は、憂いや嘆きや物惜しみを捨てない。だから聖者たちは所有物を捨てて歩んだ。何も持たないことに安らぎを見て。
対応する本文へ 離れて暮らし、静かな坐所に親しむ修行者には、家々に姿を見せずにいることが、その暮らしにかなうと説かれる。
対応する本文へ 聖者はあらゆる所で何にも頼らず、愛しいものも憎いものも作らない。嘆きも物惜しみもない。葉に水がつかないように。
対応する本文へ 蓮の葉に水滴がつかず、蓮の花に水がつかないように、聖者は見たもの聞いたものに頼らず、思われたものに汚されない。
対応する本文へ 清らかな人は、見たもの聞いたもの思われたものによって思い考えることがなく、他のものによって清らかさを求めない。染まることも、離貪することもないからである。
収録した訳と出典
日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全5章・70経と序・結び、巻末の21詩を収録版の73単位で掲載。
訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。