スッタニパータ「ウダヤ学徒の問い」
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日本語訳の本文
5.14. ウダヤ学徒の問い
vns1111偈 1105かくのごとく、尊者ウダヤが〔言った〕「〔世俗の〕塵を離れ〔独り〕端坐する〔真の〕瞑想者たる方に、為すべきことを為した煩悩なき方に、一切の法(事象)の彼岸に至る方に、問い尋ねることを義(目的)として、〔わたしは〕やってまいりました。了知による解脱を、無明の破壊を、〔わたしに〕説いてください」〔と〕。(1)
vns1112偈 1106かくのごとく、世尊は〔答えた〕「ウダヤよ、諸々の欲望〔の対象〕にたいする欲〔の思い〕を捨棄すること、さらに、同様に、諸々の失意〔の思い〕を捨棄すること、そして、〔心の〕沈滞を除き去ること、諸々の悔恨〔の思い〕を防ぎ護ること⸺(2)
vns1113偈 1107放捨(捨)と気づき(念)という清浄なる〔境地〕、〔あるがままの〕法(真理)という〔正しい〕考え方を先導とする〔解脱の境地〕⸺〔これらを〕了知による解脱と、無明の破壊と、〔わたしは〕説きます」〔と〕。(3)
vns1114偈 1108〔尊者ウダヤが尋ねた〕「いったい、何が、束縛するものとして、世〔の人々〕にあるのですか。いったい、何が、それ(世の人々)にとって、彷徨となるのですか。何を捨棄することで、それにとって、『涅槃』と説かれるのですか」〔と〕。(4)
vns1115偈 1109〔世尊は答えた〕「愉悦が、束縛するものとして、世〔の人々〕にあります。思考が、それにとって、彷徨となります。渇愛を捨棄することで、『涅槃』と説かれます」〔と〕。(5)
vns1116偈 1110〔尊者ウダヤが尋ねた〕「どのように、〔あるがままに〕行なう、気づきある者の、識知〔作用〕は破却されるのですか。〔わたしたちは〕世尊に尋ねるために、やってまいりました。〔わたしたちは〕あなたの、その言葉を聞きたいのです」〔と〕。(6)
vns1117偈 1111〔世尊は答えた〕「かつまた、内も、かつまた、外も、感受〔の結果〕(受:楽苦の知覚)を愉悦せずにいる者⸺このように、〔あるがままに〕行なう、気づきある者の、識知〔作用〕は破却されます」〔と〕。ということで⸺(7)
ウダヤ学徒の問いが第十三となり、〔以上で〕終了となる。
この杜による要点
本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。
対応する本文へ 尊者ウダヤが言った。世俗の塵を離れて独り坐す瞑想者、なすべきことをなし終えた煩悩のない方、あらゆる事象の彼岸に至った方に尋ねに来ました。了知による解脱と、無明の破壊を説いてください、と。
対応する本文へ 世尊は答えた。ウダヤよ、欲望への欲を捨て、失意を捨て、心の沈みを除き、悔いを防ぎ守ること、
対応する本文へ 平静と気づきという清らかな境地、真理についての正しい考え方を先導とする境地。これらを了知による解脱と、無明の破壊と、私は説きます、と。
対応する本文へ 尊者ウダヤが尋ねた。何が世の人々を縛るものですか。何が人々のさまよいとなるのですか。何を捨てることで涅槃と説かれるのですか、と。
対応する本文へ 世尊は答えた。喜びが世の人々を縛るものです。思考が人々のさまよいです。渇愛を捨てることで涅槃と説かれます、と。
対応する本文へ 尊者ウダヤが尋ねた。どのように気づきをもって歩む人の識別作用が壊れるのですか。私たちは世尊に尋ねに来ました。あなたの言葉を聞きたいのです、と。
対応する本文へ 世尊は答えた。内にも外にも、感受したものを喜ばずにいる人、このように気づきをもって歩む人の識別作用が壊れるのです、と。
収録した訳と出典
日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全5章・70経と序・結び、巻末の21詩を収録版の73単位で掲載。
訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。