スッタニパータ「ティッサ・メッテイヤ学徒の問い」
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日本語訳の本文
5.3. ティッサ・メッテイヤ学徒の問い
vns1046偈 1040かくのごとく、尊者ティッサ・メッテイヤが〔尋ねた〕「誰が、ここに、〔この〕世において、〔常に〕満ち足りているのですか。誰に、諸々の動揺〔の思い〕が存在しないのですか。誰が、両極を〔あるがままに〕証知して、〔その〕中間において、明慧によって、〔何にも〕汚されないのですか。誰を、『偉大なる人士である』と、〔あなたは〕説くのですか。誰が、この〔世において〕、貪愛〔の思い〕を超え行ったのですか」〔と〕。(1)
vns1047偈 1041かくのごとく、世尊は〔答えた〕「メッテイヤよ、諸々の欲望〔の対象〕について、梵行ある者(禁欲清浄行の実践者)⸺渇愛を離れた、常に気づきある者⸺〔法を〕究めて、涅槃に到達した比丘⸺彼に、諸々の動揺〔の思い〕は存在しません。(2)
vns1048偈 1042彼は、両極を〔あるがままに〕証知して、〔その〕中間において、明慧によって、〔何にも〕汚されません。彼を、『偉大なる人士である』と、〔わたしは〕説きます。彼は、この〔世において〕、貪愛〔の思い〕を超え行ったのです」〔と〕。ということで⸺(3)
ティッサ・メッテイヤ学徒の問いが第二となり、〔以上で〕終了となる。
この杜による要点
本文の下の「要点」は、パーリ語本文と対訳を参照し、この杜が自分の言葉でまとめたものです。訳文の引用ではなく、読み方の一つの手がかりとしてお読みください。語の解釈が複数ある箇所では、掲載訳と要点の読み方が異なることがあります。
対応する本文へ 尊者ティッサ・メッテイヤが尋ねた。この世で誰が満ち足りているのですか。誰に動揺がないのですか。誰が両極を知って中間で汚れないのですか。誰を偉大な人と説き、誰が貪愛を越えたのですか、と。
対応する本文へ 世尊は答えた。メッテイヤよ、欲望の対象について清らかな行いをし、渇愛を離れ、常に気づきをもって真理を究め、涅槃に達した修行者には動揺がありません。
対応する本文へ その人は両極を知って、中間において明らかな智慧により汚れません。その人を偉大な人と説きます。その人がこの世で貪愛を越えたのです、と。
収録した訳と出典
日本語訳:関西パーリ語実習会(2023年公開版)。公開元:SuttaCentral。全5章・70経と序・結び、巻末の21詩を収録版の73単位で掲載。
訳文の文字・補足を保ち、ふりがなをこの杜が読書の補助として添えています。この杜による要点は、訳文と分けて掲載しています。