いのりのもり祈りの杜仮称

和讃・別宮又四郎刊・1884年の本文

西院河原地蔵和讃さいのかわらじぞうわさん

賽の河原で幼い子どもたちを地蔵尊が救う物語をうたう、日本で伝わった和讃です。1884年刊本の本文と結びを掲載し、片仮名を平仮名やふりがな付きの漢字に整えています。鬼が親の嘆きを責める箇所は歴史的な物語の中の発言であり、遺族の悲しみが亡き子を苦しめるという事実の説明ではありません。

賽の河原の子どもたち(さいのかわらのこどもたち)

これはこの世(よ)の事(こと)ならず

死出(しで)の山路(やまじ)の裾野(すその)なる

賽(さい)の河原(かわら)の物語(ものがたり)

聞(き)くにつけても哀(あわ)れなり

二(ふた)つや三(みっ)つや四(よっ)つ五(いつ)つ

十(とお)にも足(た)らぬみどり子(ご)が

賽(さい)の河原(かわら)に集(あつ)まりて

父(ちち)恋(こい)し母(はは)恋(こい)し

恋(こい)し恋(こい)しと泣(な)く声(こえ)は

この世(よ)の声(こえ)とは事変(ことか)わり

悲(かな)しさ骨身(ほねみ)を通(とお)すなり

石の塔と鬼の言葉(いしのとうとおにのことば)

かのみどり子(ご)の所作(しょさ)として

河原(かわら)の石(いし)を取(と)り集(あつ)め

これにて回向(えこう)の塔(とう)を組(く)む

一重(いちじゅう)組(く)んでは父(ちち)のため

二重(にじゅう)組(く)んでは母(はは)のため

三重(さんじゅう)組(く)んではふるさとの

兄弟(きょうだい)我(わ)が身(み)と回向(えこう)して

昼(ひる)はひとりで遊(あそ)べども

日(ひ)も入相(いりあい)のその頃(ころ)は

地獄(じごく)の鬼(おに)が現(あらわ)れて

やれ汝(なんじ)らは何(なに)をする

娑婆(しゃば)に残(のこ)りし父母(ちちはは)は

追善作善(ついぜんざぜん)の務(つと)めなく

ただ明(あ)け暮(く)れの嘆(なげ)きには

むごや悲(かな)しや不憫(ふびん)やと

親(おや)の嘆(なげ)きは汝(なんじ)らが

苦患(くげん)を受(う)くる種(たね)となる

我(われ)を恨(うら)むる事(こと)なかれと

くろがねの棒(ぼう)をのべ

積(つ)みたる塔(とう)を押(お)しくずす

地蔵尊の救いと結び(じぞうそんのすくいとむすび)

その時(とき)能化(のうけ)の地蔵尊(じぞうそん)

ゆるぎ出(い)でさせ給(たま)いつつ

汝(なんじ)らいのち短(みじか)くて

冥途(めいど)の旅(たび)に来(きた)るなり

娑婆(しゃば)と冥途(めいど)はほど遠(とお)し

我(われ)を冥途(めいど)の父母(ちちはは)と

思(おも)うて明(あ)け暮(く)れ頼(たの)めよと

幼(おさな)き者(もの)をみころもの

もすその内(うち)にかき入(い)れて

哀(あわ)れみ給(たま)うぞありがたき

いまだ歩(あゆ)まぬみどり子(ご)を

錫杖(しゃくじょう)の柄(え)に取(と)りつかせ

忍辱慈悲(にんにくじひ)のみはだえに

抱(いだ)きかかえてなでさすり

哀(あわ)れみ給(たま)うぞありがたき

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)

伝統的な古典本文のみを独自に組版。現代の解説・訳文・写真・音源・版面デザインは転載していません。

ゆかりの神仏

出典・参考資料