いのりのもり祈りの杜仮称

経文・此村欽英堂・1911年の訓読本

仏説延命地蔵菩薩経ぶっせつえんめいじぞうぼさつきょう

延命地蔵菩薩が六道で人々を救うこと、十種の福、八大怖、さまざまな姿、掌善・掌悪の二童子などを説く経典です。「延命地蔵和讃」とは別の本文です。刊本は不空の訳と記していますが、この刊本の伝承として扱い、訳者の歴史的確定を意味しません。原本の読みを平仮名に整えています。経典が語る長寿や救済は信仰上の教えです。

仏と帝釈の問答・十福と八大怖(ほとけとたいしゃくのもんどうじっぷくとはちだいふ)

如是我聞(にょぜがもん)。一時(いちじ)ほとけ。佉羅陀山(からだせん)にいまして。大比丘衆(だいびくしゅう)万二千人(まんにせんにん)と倶(とも)に。菩薩(ぼさつ)三万六千人(さんまんろくせんにん)と倶(とも)なりき。一切(いっさい)の諸天(しょてん)。および龍(りゅう)夜叉(やしゃ)人非人等(にんぴにんとう)。金輪(きんりん)銀輪(ぎんりん)諸輪王等(しょりんおうとう)。十方(じっぽう)より来(きた)れり。

そのときに。世尊(せそん)この大乗無依(だいじょうむえ)の行(ぎょう)を説(と)きおわりき。時(とき)に帝釈(たいしゃく)あり。無垢生(むくしょう)となづく。仏(ほとけ)にもうしてもうさく。世尊(せそん)われ世(よ)を護(ご)せんとほっす。仏(ほとけ)の滅後法末(めつごほうまつ)の衆生(しゅじょう)のごときは。まさにいかんがして抜済(ばっさい)すべき。

仏(ほとけ)帝釈(たいしゃく)に告(つ)げたまわく。ひとりの菩薩(ぼさつ)あり。なづけて延命地蔵菩薩(えんめいじぞうぼさつ)という。毎日(まいにち)の晨朝(じんじょう)に。諸定(しょじょう)にいり。六道(ろくどう)に遊化(ゆけ)して。苦(く)をぬき楽(らく)をあたえたもう。

もし三途(さんず)にありて。この菩薩(ぼさつ)において。躰(たい)を見(み)たてまつり。名(な)をきかば。人天(にんでん)に生(しょう)じ或(あるい)は浄土(じょうど)に生(しょう)ぜん。三善道(さんぜんどう)にありて。その名(な)をきくものは。現(うつつ)の果報(かほう)を得(え)。のちには仏土(ぶっど)に生(しょう)ず。何(なん)にいわんや。憶念(おくねん)せば。心眼(しんげん)ひらくことを得(え)て。決定成就(けつじょうじょうじゅ)す。

またこの菩薩(ぼさつ)は十種(じっしゅ)の福(ふく)を得(え)せしむ。一(ひとつ)には女人泰産(にょにんたいさん)。二(ふたつ)には身根具足(しんこんぐそく)。三(みつ)には衆病悉除(しゅびょうしつじょ)。四(よつ)には寿命長遠(じゅみょうちょうおん)。五(いつつ)には聡明智慧(そうみょうちえ)。六(むつ)には財宝盈溢(ざいほうよういつ)。七(ななつ)には衆人愛敬(しゅにんあいきょう)。八(やつ)には穀米成熟(こくまいじょうじゅく)。九(ここのつ)には神明加護(しんみょうかご)。十(とお)には大菩提(だいぼだい)を証(しょう)す。

また八大怖(はちだいふ)をのぞく。一(ひとつ)には風雨(ふうう)ときに随(したが)い。二(ふたつ)には他国(たこく)おこらず。三(みつ)には自界(じかい)そむかず。四(よつ)には日月蝕(にちがつしょく)せず。五(いつつ)には星宿変(しょうしゅくへん)ぜず。六(むつ)には鬼神来(きじんきた)らず。七(ななつ)には飢渇発(きかつはっ)せず。八(やつ)には人民(じんみん)やまいなし。

仏(ほとけ)帝釈(たいしゃく)に告(つ)げたまわく。未来世(みらいせ)において。もし衆生(しゅじょう)ありて。この経(きょう)を受持(じゅじ)し。この菩薩(ぼさつ)を恭敬(くぎょう)し。供養(くよう)するものは。百由旬(ひゃくゆじゅん)の内(うち)に。諸(もろもろ)の災患悪夢悪相(さいげんあくむあくそう)の諸(もろもろ)の不吉祥(ふきちじょう)なからん。魍魎鬼神(もうりょうきじん)。鳩槃茶等(くはんだとう)も。ながく便(たより)をえず。

天狗(てんぐ)。土公(どこう)。大歳神宮(だいさいじんぐう)。山神(さんじん)。木神(もくじん)。江海神(ごうかいじん)。水神(すいじん)。火神(かじん)。饉餓神(きんがじん)。塚神(ちょうじん)。蛇神(じゃじん)。呪詛神(じゅそじん)。霊神(れいじん)。路神(ろじん)。竃宅神等(そうたくじんとう)。もしこの経(きょう)この菩薩(ぼさつ)の名(な)を聞(き)かば諸(もろもろ)の邪気(じゃき)を吐(は)き。おのづから本空(ほんくう)をさとり。速(すみやか)に菩提(ぼだい)を証(しょう)せん。

六道に現れるさまざまな姿(ろくどうにあらわれるさまざまなすがた)

その時(とき)。帝釈(たいしゃく)仏(ほとけ)にもうしてもうさく。世尊(せそん)延命菩薩(えんめいぼさつ)はいかんが六道(ろくどう)を化(け)し。衆生(しゅじょう)を度(ど)することを得(え)たもう。仏(ほとけ)帝釈(たいしゃく)に告(つ)げたまわく。善男子(ぜんなんし)諸法(しょほう)は空寂(くうじゃく)にして。生滅(しょうめつ)に住(じゅう)せず。随縁生(ずいえんしょう)の故(ゆえ)に。色身同(しきしんおな)じからず。性欲無量(しょうよくむりょう)なれども。あまねく得度(とくど)をなしたもう。

延命菩薩(えんめいぼさつ)は。或(あるい)は仏(ほとけ)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は菩薩(ぼさつ)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は辟支仏(びゃくしぶつ)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は声聞(しょうもん)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は梵王(ぼんおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は帝釈(たいしゃく)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は閻魔王(えんまおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は毘沙門(びしゃもん)の身(み)を現(げん)じ。

或(あるい)は日月(にちがつ)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は五星(ごせい)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は七星(しちせい)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は九星(くせい)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は転輪聖王(てんりんじょうおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は諸(もろもろ)の小王(しょうおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は長者(ちょうじゃ)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は居士(こじ)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は宰官(さいかん)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は婦女(ふにょ)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は比丘(びく)比丘尼(びくに)優婆塞(うばそく)優婆夷(うばい)の身(み)を現(げん)じ。

或(あるい)は天龍夜叉人非人等(てんりゅうやしゃにんぴにんとう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は医王(いおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は薬草(やくそう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は商人(しょうにん)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は農人(のうにん)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は象王(ぞうおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は獅子王(ししおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は牛王(ごおう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は馬形(めぎょう)の身(み)を現(げん)じ。或(あるい)は大地(だいじ)の形(かたち)を現(げん)じ。或(あるい)は山王(せんのう)の形(かたち)を現(げん)じ。或(あるい)は大海(だいかい)の形(かたち)を現(げん)ず。

三界(さんがい)にあらゆる四生五形(ししょうごぎょう)変(へん)ぜずというところなし。延命菩薩(えんめいぼさつ)はかくのごとく。法身(ほっしん)の自体(じたい)あまねきがゆえに種種(しゅじゅ)の身(み)を現(げん)じ。六道(ろくどう)に遊化(ゆけ)して衆生(しゅじょう)を度脱(どだつ)す。よく一善(いちぜん)をもすて。三界(さんがい)の有(う)をやぶりたもう。ことごとく心善(しんぜん)なるをもってなり。

未来(みらい)の衆生発心(しゅじょうほっしん)することあたわずんば。ただまさに一心(いっしん)に延命菩薩(えんめいぼさつ)を礼拝(らいはい)し供養(くよう)すべし。刀杖(とうじょう)もくわえず。毒(どく)も害(がい)することあたわず。厭魅呪詛起屍鬼等(えんみじゅそきしきとう)もかえりて。本人(ほんにん)につかん。天(てん)に唾(つばき)をはき風(かぜ)にむかいて灰(はい)を投(とう)ずるに。かえりて其身(そのみ)をけがすがごとし。

延命の名と地蔵の誓願(えんめいのなとじぞうのせいがん)

その時(とき)。帝釈(たいしゃく)仏(ほとけ)にもうしてもうさく。世尊(せそん)なんがゆえに名(な)づけて延命菩薩(えんめいぼさつ)という。その相(そう)いかん。仏(ほとけ)帝釈(たいしゃく)に告(つ)げたまわく。善男子(ぜんなんし)真善(しんぜん)の菩薩(ぼさつ)は。心明円(しんみょうえん)なるが故(ゆえ)に。如意輪(にょいりん)となづけ。心罣碍(しんけいげ)なきがゆえに。観自在(かんじざい)となづく。心生滅(しんしょうめつ)なきがゆえに。延命(えんめい)となづけ。心摧破(しんさいは)なきがゆえに。地蔵(じぞう)となづけ。心辺際(しんへんざい)なきがゆえに。大菩薩(だいぼさつ)と名(な)づけ。心色相(しんしきそう)なきがゆえに。摩訶薩(まかさつ)となづく。汝等信受(なんじらしんじゅ)して心(こころ)に所別(しょべつ)なく。忘失(もうしつ)せしむることなかれ。

その時(とき)に大地六種(だいじろくしゅ)に震動(しんどう)して延命菩薩(えんめいぼさつ)地(じ)より出現(しゅつげん)して。右膝(うしつ)を曲(きょく)して臂(ひじ)をたて掌(たなごころ)をもて耳(みみ)をうけ。左膝(さしつ)を申下(しんげ)して手(て)に錫杖(しゃくじょう)を持(じ)し仏(ほとけ)にもうしてもうさく。

われ毎日晨朝(まいにちじんじょう)に諸定(しょじょう)にいり。もろもろの地獄(じごく)にいりて。苦(く)を離(はな)れしめ。無仏世界(むぶつせかい)に衆生(しゅじょう)を度(ど)し。今世後世(こんぜごせ)よく引導(いんどう)す。

もし仏滅後一切男女(ぶつめつごいっさいなんにょ)。我福(わがふく)をえんとほっせば。日凶(にちきょう)をとわず。不浄(ふじょう)を論(ろん)ぜず。父母(ふも)に孝養(きょうよう)し。師長(しちょう)に奉事(ぶじ)し。言色(ごんしき)つねに和(わ)にして人民(じんみん)をまげず。生命(しょうみょう)を断(だん)ぜず邪淫(じゃいん)をはんぜず。

もしは十斎日(じっさいにち)。もしは六斎日(ろくさいにち)。もしは十八日(じゅうはちにち)。もしは廿四日(にじゅうよっか)。ただ自心(じしん)ただしゅうして。この経(きょう)を転読(てんどく)し我名(わがな)を称(しょう)ぜんものは。我(わ)れ法眼威神力(ほうげんいじんりき)をもってのゆえに。すなわち業報(ごうほう)を転(てん)じて。現果(げんか)をえせしめ。無間(むけん)の罪(つみ)をのぞいて。まさに菩提(ぼだい)を得(え)せしむべし。

我(わ)れ過去無量劫(かこむりょうこう)よりこのかた。諸(もろもろ)の六道(ろくどう)の一切衆生(いっさいしゅじょう)を見(み)るに。法性(ほっしょう)は同体(どうたい)にして。無始無終無異無別(むしむじゅうむいむべつ)なれども。無明(むみょう)は異相(いそう)にして。生住異滅(しょうじゅういめつ)せり。これ得(とく)これ失(しつ)。不善(ふぜん)の念(ねん)をおこし。諸(もろもろ)の悪業(あくごう)をつくりて。六趣(ろくしゅ)に輪廻(りんね)す。

生生(しょうじょう)の父母(ふも)世世(せせ)の兄弟(きょうだい)。ことごとく仏道(ぶつどう)を成(じょう)ぜしめて。後(のち)に我(わ)れ成仏(じょうぶつ)せん。もし一人(いちにん)をのこさば我(わ)れ成仏(じょうぶつ)せず。もしこの願(がん)をしりて。二世(にせ)の所求(しょぐ)ことごとく成(じょう)ぜずんば。正覚(しょうがく)をとらず。

その時(とき)に仏(ほとけ)延命菩薩(えんめいぼさつ)を讃(さん)じたもう。善哉善哉(ぜんざいぜんざい)真(しん)の善男子(ぜんなんし)なり。我(わ)が滅度(めつど)の後(のち)。未来悪世(みらいあくせ)の罪苦(ざいく)の衆生(しゅじょう)。汝(なんじ)に付嘱(ふぞく)す。今世後世(こんぜごせ)善能引導(ぜんのういんどう)せよ。弾指(だんし)の頃(ころ)も。悪趣(あくしゅ)に堕(だ)せざれ。いわんや無間阿鼻地獄(むけんあびじごく)に堕(だ)せんをや。

延命菩薩(えんめいぼさつ)しかも仏(ほとけ)にもうしてもうさく。世尊(せそん)おもんぱかりたまわざれ。我(わ)れまさに六道(ろくどう)の衆生(しゅじょう)を抜済(ばっさい)すべし。もし重苦(じゅうく)あらば。我(わ)れかわりて苦(く)をうけん。もししからずんば。正覚(しょうがく)をとらず。

ときに世尊(せそん)かさねて。偈(げ)をとって讃(さん)じてのたまわく。善哉善哉(ぜんざいぜんざい)延命菩薩(えんめいぼさつ)は。有情(うじょう)の親友(しんぬ)なり。衆生生(しゅじょうしょう)ずるときは。その身命(しんみょう)となり。滅(めっ)すれば導師(どうし)となる。衆生(しゅじょう)しらざれば短命(たんみょう)にして福(ふく)なし。

諸尊と二童子・経の結び(しょそんとにどうじきょうのむすび)

我(わ)が滅度(めつど)の後(のち)。末法(まっぽう)のうちに。国土(こくど)に災起(さいおこ)り。人王(にんおう)まつりごとみだれて。他方(たほう)の賊(ぞく)きたり。刀兵劫(とうひょうこう)おこらんとき。ただまさに延命菩薩(えんめいぼさつ)を憶想(おくそう)すべし。今世後世(こんぜごせ)の所求(しょぐ)まんぜずんば。我(わ)が所説(しょせつ)の法(ほう)このことわりあることなけん。

そのときに三千大千世界六変(さんぜんだいせんせかいろくへん)に震動(しんどう)して。文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)。普賢菩薩(ふげんぼさつ)。金剛蔵菩薩(こんごうぞうぼさつ)。虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)。聖観自在菩薩摩訶薩等(しょうかんじざいぼさつまかさつとう)異口同音(いくどうおん)にしかもほとけにもうしてもうさく。

世尊(せそん)未来(みらい)の衆生(しゅじょう)もしこの経(きょう)この菩薩(ぼさつ)の名(な)をきかば。我等(われら)みなまさにこの人(ひと)に随順(ずいじゅん)して。心眼明(しんげんみょう)となり。その人(ひと)の前(まえ)に現(げん)じて。所求円満(しょぐえんまん)ならしむべし。もししからずんば正覚(しょうがく)をとらず。

その時(とき)に梵王帝釈四大天王(ぼんおうたいしゃくしだいてんおう)。もろもろの天花(てんげ)をふらして。如来(にょらい)を供養(くよう)したてまつり。仏(ほとけ)にもうしてもうさく。世尊(せそん)未来(みらい)の衆生(しゅじょう)。もし自心(じしん)ただしゅうして。是非(ぜひ)をまげず。賞罰(しょうばつ)をすてず。この経(きょう)を持(じ)しこの菩薩(ぼさつ)を念(ねん)ぜば。我等(われら)と眷属(けんぞく)と。この人(ひと)を擁護(ようご)して。日夜(にちや)はなれず。

その国土(こくど)をして百由旬(ひゃくゆじゅん)のうち。もろもろの災難(さいなん)なからしめん。その国(くに)の人民安穏(にんみんあんのん)を得(え)て。穀稼成熟(こくかじょうじゅく)し。所求満足(しょぐまんぞく)ならしめん。もししからずんば護世(ごせ)と名(な)づけず。本覚(ほんがく)にかえらず。

ときに二(ふたり)の童子(どうじ)あり。左右(さう)に侍立(じりゅう)す。一(ひとり)を掌善(しょうぜん)となづく。左(ひだり)にありて白色(びゃくしき)なり白蓮花(びゃくれんげ)を持(じ)して法性(ほっしょう)を調御(ちょうご)す。一(ひとり)を掌悪(しょうあく)となづく。右(みぎ)にありて赤色(しゃくしき)なり。金剛(こんごう)の杵(きね)を持(じ)して。無明(むみょう)を降伏(ごうぶく)す。

仏(ほとけ)大衆(だいしゅ)に告(つ)げたまわく。汝等(なんじら)まさにしるべし。この二童子(にどうじ)は。法性無明(ほっしょうむみょう)を両手両足(りょうしゅりょうそく)にす。延命菩薩(えんめいぼさつ)は。中心(ちゅうしん)の不動阿字(ふどうあじ)を本体(ほんたい)なり。もし衆生(しゅじょう)ありてこの心(こころ)をしるものは。決定成就(けつじょうじょうじゅ)す。即(すなわ)ち三毒(さんどく)を滅(めっ)し。自在力(じざいりき)を得(え)。仏土(ぶっど)に生(しょう)ぜんとねがわば。願(ねがい)にしたがいて生(しょう)ずることをえん。

もし未来世(みらいせ)の一切衆生(いっさいしゅじょう)。延命菩薩(えんめいぼさつ)を恭敬(くぎょう)し供養(くよう)したてまつり。疑惑(ぎわく)を生(しょう)ぜずんば。現世(げんせ)の所求皆満足(しょぐみなまんぞく)せしめ。のちには浄土(じょうど)に生(しょう)じて無生忍(むしょうにん)を得(え)せしめん。

仏(ほとけ)この経(きょう)をときたまいおわりしとき。一切大会(いっさいだいえ)の心(こころ)おおいに歓喜(かんぎ)し。信受(しんじゅ)し。奉行(ぶぎょう)。

巻末付載・地蔵菩薩真言(かんまつふさいじぞうぼさつしんごん)

唵(おん)。訶訶訶(かかか)。尾婆摩曳(びさんまえい)。娑婆賀(そわか)。

保護期間満了の古典本文を独自に組版。現代語訳と英訳はこの杜が作成。

ゆかりの神仏

出典・参考資料