太上感応篇の原文・現代語訳
一
人が何かを得たなら、
自分が得たように喜び、
人が失ったなら、
自分が失ったように受け止める。
第5節の現代語訳より · 表現を一部整理
挿絵から、ひとつ読む困っている人に、手を添えるこの杜の区切り・第5節→
今の気持ちから、ひとつ。
一節ずつ、ゆっくりと
目次
区切りと見出しは、読みやすさのために付けたものです。
01
この書物の考え方
行いと報い、そして神々のまなざし。
02
善い行いを重ねる
人を思う心を、日々のふるまいへ。
03
してはならないことを見つめる
人を傷つける行いと、当時の社会・信仰の戒め。
04
心を改め、歩き直す
過ちの後にも、今日からできることがある。
出典と、この訳について
維基文庫の一つの版(版番号 2569348)に掲載された古典本文1277字を、冒頭から末尾まで独自に現代語訳しました。24の区切り・見出し・「読む手がかり」は、この杜による編集です。古い注釈書の全訳や、現代の出版物の翻訳の転載ではありません。
国立国会図書館の解題で背景を確認しています。国会図書館所蔵本の全ページとの逐字照合、異本を含む校訂、専門家による訳文の監修は未実施です。読解に幅のある語は、参照した本文・古い注釈に沿う一つの読みとして示しています。
- 太上感應篇・古典本文(維基文庫の版番号 2569348) ↗(外部サイト・新しいタブ)
維基文庫 · 現代語訳の底本とした公開古典本文。本文1277字を全て収録し、独自に日本語訳。特定の刊本に基づく校訂本文ではありません。
- 太上感應篇經傳・書誌と解題 ↗(外部サイト・新しいタブ)
国立国会図書館 · 道教の善書という位置づけ、老子への伝承上の帰属と編纂物であることを確認。寛永–正保年間の刊本。現代語訳の底本とは別の資料です。
- 太上感應篇經傳(寛永–正保年間) ↗(外部サイト・新しいタブ)
国立国会図書館デジタルコレクション · 古い刊本の原画像をたどるための資料。インターネット公開・パブリックドメイン。全75コマの本文を逐字照合したものではありません。
- 太上感應篇集註・古典注釈 ↗(外部サイト・新しいタブ)
維基文庫 · 「壅塞方術」「無故剪裁」などの語義を古典注釈で確認。注釈の説話や現代の翻訳文は転載していません。
確認日:2026年10月16日 · 古典本文はパブリックドメイン。原画像は外部の所蔵先で閲覧できます。